以前から読みたいと思っていた今井むつみ先生の「算数文章題が解けない子どもたち」を読みました。
単純な四則演算はできるのに、文章題になると途端にペンが止まる子たちは昔から一定数存在します。文章題が苦手な子を、文章題が解けるように指導するというのはわれわれ塾講師が長年やってきていること。ではそもそも、なぜ文章題が苦手になってしまうのか。このことについて独自の調査や統計分析を用いて研究し、まとめたのが本書です。
最終的に指摘された原因は以下の通り。
1、知識が断片的で、システムの一部になっていない
2、誤ったスキーマをもっている
3、推論が認知処理能力とかみあっていない
4、相対的にものごとをみることができない
5、行間を埋められない
6、メタ認知が働かず、答えのモニタリングができない
7、「問題を読んでとくこと」に対する認識..
時間があるときにひとつひとつ私なりの見解や考えを残しておきたいところではありますが「3、推論が認知処理能力とかみあっていない」や「6、メタ認知が働かず、答えのモニタリングができない」の部分では腑に落ちる記述内容が数多く見られました。
下位層の子どもも、認知処理の負荷が小さいときには推論ができる。しかし認知処理の負荷が大きくなるとてきめんに問題解決ができなくなっています。上位層の子どもは認知的負荷が大きくなっても推論ができる。言い換えれば、子どもたちの間の個人差は、推論ができるかできないかということによるのではなく、認知処理の負荷に対処して推論ができるか、不可に負けて推論ができなくなってしますかというところから生まれている。結局、推論の力というのは、情報処理能力、実行機能、作業記憶などの認知処理能力と切り離せないのである。(p.178)
問題の設定で、今自分が求めた数量が何を表しているのか。どの情報が欠けていて、それを求めるために必要な情報が何なのか。ただただ数値計算することだけに終始して、問題内での意味を考えることなく答えを出してしまうケースはめずらしくありません。
算数文章題ができないことは、自分の「読み」が理屈になっているかどうかモニタリングできないことも一因となっている。(中略)ある単語に目がいくと、それをキーワードにして勝手に読んでしまうということは算数文章題以外でも、いわゆる「学力が伸びない」子どもに随所で見られた。(p.182)
「この問題で分数が答えになるわけがない」「この速さはいくら何でも速すぎる」「この数字は問題とつじつまがあわない」など自分が間違った答えを出したとして、自分の答えと問題の整合性を少し考えればその間違いに気づくことができます。ですが、考える作業が苦手な子たちは、整合性を考えるという必要性やそういった概念を持っていないのです。答えを出して解答欄を埋めればそれで満足。
学力に伸び悩む子供の多くは、それぞれの要素単独では認知処理の負荷が軽ければできることが多い。彼らが苦手なのは複数の要素の統合である。そこから論理的に考えれば、手立てに含めるべきなのは認知処理の負担を軽減したうえで、上記7要素のうちの複数を統合する課題を工夫し、そこから少しずつ統合の度合いを深め、認知的負荷を上げていきながら問題解決の練習をすることであろう(p.185)
結局のところ、その子のつまづきや認識のずれを把握し、その子がどこまで思考できているかを引き出し、適切な負荷の練習教材を適切なタイミングで与え、自走できる状態を目指して少しずつその補助の度合いを弱めていく。そして次の難解な問題にあたったときに、また同じことを繰り返していくことになります。
小学生に四則演算を教えることも、中学生に連立方程式を教えることも、高校生に積分を教えることも、単純な計算そのものを指導するという点ではとても簡単です。難しいのは、それぞれの操作がもつ意味を正しく理解してもらうこと。
何年やっても難しいのです。